神は過ぎ去った時代には、すべての国々の人が、それぞれの道を行くままにしておかれたが、
神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。
それゆえ、わたしは彼らを そのかたくなな心にまかせ、 その思いのままに行くにまかせた。
過ぎ去った時代には、あなたがたは、異邦人の好みにまかせて、好色、欲情、酔酒、宴楽、暴飲、気ままな偶像礼拝などにふけってきたが、もうそれで十分であろう。
主はいずれの国民をも、 このようにはあしらわれなかった。 彼らは主のもろもろのおきてを知らない。 主をほめたたえよ。
またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。
すべての民はおのおのその神の名によって歩む。 しかしわれわれは われわれの神、主の名によって、とこしえに歩む。
そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。
エフライムは偶像に結びつらなった。 そのなすにまかせよ。
神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、